がんになっても働き続けるための5ステップと目標に置き換えた5年生存率
仕事は続けるべきか?共働きのリスクとは
乳がん告知を受けた頃お先真っ暗だったかと問われたら意外にそんなことはなく、絶望の淵に立たされつつも「まだ30代、絶対に死ぬわけにいかない!」と病魔へ怒りがこみ上げてきたことは未だに忘れられません。小学生から15年間経験した剣道で厳しい稽古を乗り越えた過去もあり何事もちょっとやそっとで折れたくない、病気に負けてたまるかと言い聞かせました。
また病気を疑われた期間は情緒不安定でしたが、告知後は逆にスッキリとした気持ちで治療へ向けて前進する他ないと受け止めることができました。
そして家族の次に心配したことは“仕事とお金”です。
我が家は共働きで家を購入して1年も経っていなかったので、会社員を辞めてしまったら治療費だけでなくローンを払い続けられる保証が全くありません。
実際にいくら治療費がかかるのか?これについて医師が詳細を明言することはないので、お金の不安も大きかった…がんだから治療に専念するために仕事を辞めてしまう人もいると思いますし、それが正しい正しくないという話ではないのですが、私の場合は、がん保険も入っておらず収入が途絶えてしまった場合の家計は苦しくなる一方です。
一般的な治療期間の目安は、がんは切ったら治るものではなく、手術後に5年間再発しなければ根治といえると主治医から教わりました。
では5年の間は働かずに治療に専念した方が良いのか?再発リスクは常に付きまとう。退職をして仕事のストレスがなくなったところで他にも悩みのタネは生まれ、また仕事をしているからこそ病気を忘れられる瞬間も結構ありました。
今、会社員を辞めたら生計の不安から精神的にも金銭的にもリスクしか残らないと判断をして、仕事は続けることを決めました。
傷病休暇の取得から復帰までに踏んだ5ステップ
人材系広告会社の営業職9年目、マネージャーとして働いていた私が乳がんを告知され休職→復帰するまでの段階をご紹介します。
手術の日取り、おおよその入院期間と退院後のリハビリ期間、いつ頃から仕事に復帰できるか指示を仰ぎました。
病状について話すかは人それぞれですが、私は信頼も厚い上司だったので包み隠さずに報告。上司からその上のラインまで話をスピーディーに通してもらい、人事部へ休職に向けての指示を仰ぎました。傷病系にまつわる会社の制度も知らないことが山ほどあることに気づかされ、初めて規定集を読み込みました。
上司と話し合い、部下や同僚どこまで話すかを事前に打ち合わせをして組織へ情報共有。いつ頃に復帰予定か、自分が不在の間の体制や熱い想いがあれば伝えました。
当時担当していたクライアントへ休職する旨を丁寧に報告。関係が築けている担当者には詳細まで話すこともありましたが、「実は手術を受けることになり数ヶ月休職します。」と伝えるとほとんどの会社は受け入れてくれました。何社にも同じことを伝える行為は自分自身のメンタルも崩れかけるので誰もいない場所や会議室、車の中を選び片っ端から電話をかけ続けました。
私の場合は告知から3週間後の手術、入院期間は2週間ほどでしたが退院後は妊孕性温存療法という第二子のための受精卵凍結に伴う治療も入ったので1ヶ月半程度の休職期間となりました。休職に入る前は受精卵凍結のことは想定していなかったので、方針が変わるタイミングで上司とは密に連携をとり、第一に自分の身体を万全にした上で職場に戻ることだけを考えて行動しました。
がんは待ってはくれません。そのため立ち止まることなく、休職に入るまでのステップは1週間もかけずに周囲を上手く取り込みながら実行しました。
事情を把握してくれている部下や同僚のサポート、またクライアントへの対応に関しては上司が全てを担ってくれたことで問題なく休職・ストレスなく復帰できました。これは大前提にがんと闘いながらも働き続けたいという想いを周囲に伝えたからこそ後押ししてくれる雰囲気を作ったのだと思います。
2019年1月中旬に休職、そして3月1日に無事復帰することができました。
5年生存率は5年後の人生プランに置き換える
5年生存率(別名:5年相対生存率)とは?
あるがんと診断された場合に、治療でどのくらい生命を救えるかを示す指標。あるがんと診断された人のうち5年後に生存している人の割合が、日本人全体*で5年後に生存している人の割合に比べてどのくらい低いかで表します。100%に近いほど治療で生命を救えるがん、0%に近いほど治療で生命を救い難いがんであることを意味します。
*正確には、性別、生まれた年、および年齢の分布を同じくする日本人集団。
5年生存率と聞くと5年のうちに再発したら?万が一、5年間しか生きられなかったら?なんて悪い方向に考えてしまいがちですが…告知されたからには、がんサバイバーとして5年間で再発しないことを願いながら、目標に置き換えることをおすすめします。
人生は一度きり、100年時代と言われている中で30代でがんになったら残りの人生どうするのか?
あと70年もあると思うと現実的なプランに落とし込みにくいかもしれませんが
5年後というイメージしやすい将来どんなキャリアを積みたいか?プライベートはどうするか?
具体的なライフプランを改めて考え直すことは、がんになっても前向きになれた理由です。
私の目標は、安定的に働いて、旅行もして、プライベートを充実させながら治療に励むこと。
がんサバイバーとして第二子の妊活・出産へと進展することが5年後までに実現したいプランとなりました。
病気になった時こそ、少し先の未来と向き合うことはかけがえのない時間になります。
お試しください!